ギタセレをご覧のみなさま、こんにちは。
島村楽器でアコースティックギターのバイヤーを務めております、古川(ふるかわ)です。
この連載「銘器探訪」では、
スペックや価格のご紹介だけではなく、
「誰が」「どんな想いで」ギターを作っているのか
という背景まで含めて、お届けしたいと考えています。
今回足を運んだのは、大分県竹田市。


阿蘇外輪山にもほど近い山あいのまちで、豊後竹田駅まで早瀬さんに車で迎えに来ていただき、川沿いの道や田畑の間を抜けてしばらく走った先に見えてくる、古い民家の納屋を改装した工房が、早瀬ギター工房です。


扉を開けて一歩足を踏み入れると、まず耳に届くのは、外の音がすっと遠のいたような「しんとした静けさ」です。
木の香りに包まれた空間には、きちんと手入れされた道具たちが控えめに佇び、壁には乾燥中の材や、これからギターになる板が静かにかけられています。
イントロダクション

そこで一本一本のギターと向き合っているのが、ルシアー 早瀬 輪(はやせ りん)さん。
ご自身のHPにある
「楽器を構成する数多くの要素が、ひとつの全体としての雰囲気を纏う時、それが良い楽器なのだと考えます。」
という一文どおり、
音色だけでなく「楽器全体のたたずまい」を大切にされている方です。
今回は工房にお伺いし、子ども時代の原体験から、SUMI工房での修業、そして現在の製作哲学まで、じっくりお話をうかがいました。
ルシアー 早瀬 輪 プロフィール

彫刻家である父の工房がすぐそばにある環境で育ち、幼いころから「道具」と「木」に親しむ。
特に、身の回りの「音の出るもの」に強い興味を持つようになる。
中学生のころ、隣家のご主人からモーリスのギターを借りたことをきっかけに、ギターを弾き始める。
2002年、琉球大学で哲学を学ぶため沖縄へ。
在学中、沖縄音楽(歌三線)にも触れる。
2008年、埼玉県入間市の「弦奏工房」にて、
初めてアコースティックギターを一本製作。
この経験をきっかけに、ギター製作の道に進む決意を固める。
2009年より、長野県上田市の SUMI工房(鷲見英一氏) に師事。
約5年にわたり修業を積む。
2016年、大分県竹田市に移住。
民家の納屋を改装して「早瀬ギター工房」を開設し、ギター・ウクレレの製作と修理を行っている。
早瀬さん公式サイトはこちら
「早瀬ギター工房」に密着したYouTube動画はこちら
古川 × 早瀬 輪 インタビュー(前半)

「音の出るもの」が好きだった子ども時代

「まず、一番最初のところからお聞きしたいんですが。早瀬さんが“もの作り”とか“音楽”に興味を持ったきっかけって、どこにあるんですか?」

「小さいころから、とにかく“物を作る”のが好きだったんです。
育ったのが山の中で、周りにお店とか遊ぶ場所があるわけでもなかったので、自分で何か作って遊ぶ、というのが当たり前で。
父が仏像の彫刻をしていて、家の敷地内に工房がありました。そこに道具がたくさんあったので、自然とそれを触りながらいろんなものを作っていましたね。」

「お父様の影響で、っていうのも大きそうですね。」

「そうですね。父は仏像を彫っていましたけど、僕自身は宗教的な意味合いよりも、“道具と木”に惹かれた感じです。
その中でも、特に好きだったのが“音が出るもの”でした。民族楽器の本を見ながら、竹で作った楽器や鳴り物を真似して作ってみたり。
作ってみたら思った以上に良い音がしたりして、それがすごく楽しかったんです。」

「もうそのころから、“楽器を作る”という方向に、かなり近いところにいたんですね。」

「中学くらいまでは、そんな感じでいろいろな“音の出るもの”を作って遊んでいました。」
ルシアーを目指すきっかけは、入間の工房での「初めての一本」

「そこからどうやって“ギター作り”に戻ってくるんでしょう。」

「いったん埼玉の実家に戻って、父の仕事を少し手伝いながら、バイトもしつつ過ごしていました。
その頃、埼玉の入間(いるま)にギター工房があると知って、遊びに行かせてもらったんです。
エレキがメインで、修理もされている個人工房で、オーナーさんがESP出身の方でした。」

「そこで、いきなり『一本作ってみたら』と?」

「そうなんです。『自分で一本作ってみたら?』と言ってくださって。
材料だけ自分で買って、工房の機械や治具を全部使わせてもらいながら、
教えてもらいながら、一本のアコギを一から作らせてもらいました。
自分の好みで、ヘッドはギブソン寄り、ボディはOMっぽい、という感じのデザインで。」

「普通、そんな機会なかなか得られないですよね。」

「本当にそう思います。
それまでに、ギター製作の本を読んだり、翻訳された本で工程を眺めたり、簡単なキットを一つ作ったことはありました。
でも、実際の工房で一から作るのは全く別物で。
その一本を作り終えた時、『やっぱり自分はギター作りがしたいんだ』という気持ちが、はっきり固まりました。」
SUMI工房での約5年、「製品としてのライン」を学ぶ日々

「SUMI工房の鷲見さんのところに修業に行かれたんですよね。」

「そうなんです。鷲見さんに連絡したところ、『一度来てみな』と言っていただいて、長野まで行きました。
たまたま僕の実家がある埼玉の飯能(はんのう)という町と、鷲見さんのお知り合いの方の地元が同じだったりして、『あ、飯能か』と、ちょっと親近感を持っていただけたみたいで。
そういったご縁もあって、『じゃあやってみるか』という形で、受け入れていただきました。」

「鷲見さんの工房では、どれくらい修業されたんですか?」

「五年弱くらいですね。最初の半年くらいは、掃除がメインでした。
何もできないですし、とにかく“工房にいることに慣れる”“道具や材をよく見る”という時間でしたね。
少しずつ、『これやってみな』と簡単な工程を任せてもらうようになりますが、それですら難しい。」

「具体的には、どんなことで苦労しましたか?」

「例えば、サウンドホールの内側をペーパーで少し斜めに落とす作業があっても、イメージだけで削ってしまって、『うちはこの形じゃないから、こういう形にしたいんだ』と指摘を受けたり。
傷の取り方一つとっても、“どこまで削ればいいのか”“どこに線が残っているのか”が、最初はまったく見えていなかったと思います。」

「そういう、“目が育つ”期間でもあるわけですね。」

「本当にそうです。
鷲見さんは決して多くを語るタイプではないですが、“どこまで見ているか”がすごくよく分かる方で、少しの傷やラインの曲がりもすぐに気づかれます。
自分で民族楽器を遊びで作っていたころは、“一日で作れて、その日に成果が見えるもの”が好きだったので、効率重視で作ってしまうところもありました。
そのまま独学で進んでいたら、きっと“自称ルシアー”で終わっていただろうなと、自分でも思います。
“製品として求められるレベル”がどれくらいなのか。
それをきちんと知りたくて修業に入ったところもあったので、五年弱という時間は、僕にとってはなくてはならない期間でした。」
独立へ。「ギリギリ作れるかな」というところで踏み出した

「独立のタイミングは、ご自身で決めたんですか?」

「はい。入る前から、『いつかは独立する』と決めて入っていたので、“そこに向かって五年やる”というイメージでした。
もちろん、鷲見さんの工房では工程ごとに役割が分かれているので、“一本まるごと、自分の手だけで”という経験は、修業の間にはほとんどありません。
だから、五年弱のタイミングでも、
『ギリギリ、なんとか一本作れるかな』という感覚でした。
全ての工程をやった経験があるわけではないので、不安も大きかったです。」

「鷲見さんは何かコメントされましたか?」

「とても穏やかに『がんばってね』という雰囲気で送り出していただきました。」

「今振り返ると、あの五年弱があったからこそ、という感覚ですか?」

「間違いなくそうですね。
自分の性格を考えると、あの時間なしで独立していたら、細部が甘いまま、“なんとなく形になっている楽器”を作ってしまっていたと思います。
“ここまでやるのが製品だよ”というラインを、実際に現場で見続けられたことは、本当に大きかったです。」
大分・竹田「早瀬ギター工房」と、道具と仕事場の雰囲気
納屋を改装した工房と、ウッドファストの台・ドリルスタンド・曲げ型
ここからは少し、独立後の環境と、日々の道具についてご紹介させてください。
大分県竹田市。
阿蘇の外輪山も見渡せるような山あいのまちに、早瀬さんの工房があります。
もともとは民家の納屋だった空間を、自ら手を入れて改装し、ギターとウクレレを作るための静かな仕事場に変えていきました。



治具や工具が整然と並んだ工房。静かな作業場で木と向き合いながら、一本一本のギターの「背景」をさりげなく形づくっているようでした。


工房の窓からは、子どもたちの姿や遊ぶ声がときどき聞こえてきます。
そんなささやかな日常の気配もまた、ここで生まれるギターの雰囲気に、少しずつ染み込んでいるように感じられました。

木製成形型(モールド/フォーム)
ギターなどの楽器製作で、木材の側板を曲げてボディ外形を形づくる際に使用される木製の成形型(モールド/フォーム)です。

ベンディングアイロン(サイド曲げ用アイロン)
この装置は、主にギターやウクレレなどの弦楽器製作において、木材の側板(サイド)を曲げるために使用されるベンディングアイロンです。


ディスクサンダー / ベルトグラインダー
木材の研磨や成形を効率よく行うために使用される電動研磨工具です。
ディスクサンダーはボディ外周などの外側のカーブ(R)を整えたり、直角をきれいに出したい部分の仕上げに、
ベルトグラインダーはネックの平面出しや内側のカーブ(内R)の成形など、広い面や曲面をならしていく作業に適しています。

WOODFAST(ウッドファスト)社のバンドソー
木材の切断用電動工具(帯鋸盤)です。
コンパクトな卓上モデルで、狭い工房スペースでも扱いやすく、厚みのある材の挽き割りから曲線加工まで、ギター製作に必要なさまざまなカット作業に対応できます。


バインディング接着工程
側面とトップの継ぎ目に沿ってバインディングを接着している様子です。
黒いゴムバンドやクランプで圧力をかけて固定し、ボディの保護と装飾を兼ねた縁取りを施す、工房ならではの一般的な製作工程が写し出されています。


シーズニングされた希少な杢材のストック
長期間自然乾燥させて含水率を安定させた、希少な美しい杢目を持つ木材の在庫です。
ギターのトップやバックなどに使うことで、音響面の安定性と個性的なルックスの両方に貢献します。
それではインタビューの続きをどうぞ!
古川 × 早瀬 輪 インタビュー(後半)
「雰囲気をまとう」楽器づくりと、偏らない美しさ

「独立されてからの早瀬さんのギターを拝見すると、すごく丁寧で、仕上がりもきれいという印象がありますが。」

「ありがとうございます。
自分は本来、“すごく大雑把で、すぐに結果を欲しがるタイプ”なので、意識して丁寧さを心がけているところはあります。
鷲見さんのところで、“その先の一手間”を延々と見せてもらったことで、
『ここまでやって初めて“普通”なんだ』という感覚を、身体に覚えさせてもらった。
だからこそ、今は一本一本の細部に時間をかけることを、苦ではなく“当たり前”として続けられているんだと思います。」

「早瀬さんのHPの“Build Philosophy”も拝見したんですが、
とても印象的なフレーズが多いですよね。」

「僕自身が大事にしているのは、まず
『人にとって心地よい音色』 であることです。
楽器を弾くのは、人であって機械ではありません。
だからこそ、データとして計測できる音色や堅牢さといった要素と同時に、
外観や演奏性などの心理的・身体的な要素も大切だと思っています。
それらはすべて、“生き物としての人間にとっての良い音色”に貢献するものだと感じています。」

「木材への向き合い方についても、“素材そのものへの敬意”を感じました。」

「アコースティックな楽器において、材料の多くは生物由来のものですよね。
ギターやウクレレにおける主要な材料は木材で、それは自然素材であるからこそ、種ごと・個体ごとに様々な特性や癖を持っています。
木は、“生きる”という営みの結果として生まれた素材です。人間の意識や技術だけでは決して作り出すことのできない価値があると感じています。
製作する者として、そのような材の個性を軽んじることなく、それぞれの違いに寄り添い、活かしていけるような姿勢でありたいと思っています。」

「HPにある“偏らないこと”という言葉も、とても早瀬さんらしいなと。」

「私にとって、美しさとは“偏らないこと”だと感じています。
精密で正確であることは楽器の価値に貢献しますが、行き過ぎると温かみや余裕、“あそび”がなくなってしまう。
逆もまた然りです。
僕が目指す楽器は、例えば“暖かであると同時に冷静さも感じさせる”、
“素朴さと洗練とが同居する”、
そんな、一見対立する要素の双方を含み込むような美しさを持つものです。
豊かであることは、様々なものが同居し、しかも一つの雰囲気の中で調和していることだと思います。
一本の楽器の中に、そういった“偏ることのない豊かさ”を表現したいと願いながら、日々製作しています。」
一本一本、真っすぐ向き合うために

「最後に、早瀬さんのギターに興味を持ってくださる方に、メッセージをお願いできますか?」

「そうですね……。
ギターは、作り手の性格も、その時どきの考え方も、すべてを写し取ってしまう楽器だと感じています。
僕のギターを手に取ってくださる方には、『ああ、この一本は“誰かの真剣な時間”の塊なんだな』と感じていただけたら、とても嬉しいです。
そして、そのギターが、持ち主の方の毎日の中で、長く寄り添っていけたら、こんなに幸せなことはありません。」

「お話を伺っていて、“器用な人がサラッと作ったギター”ではなくて、
“自分の甘さも含めて、真摯に向き合い続けてきた上での一本”なんだな、というのがすごく伝わってきました。
このインタビューを読んだ方が、早瀬さんのギターを手に取る時、今日のお話を思い出してくれたら嬉しいです。今日はありがとうございました。」

「こちらこそ、ありがとうございました。」
早瀬ギター工房 過去入荷モデルについて
早瀬ギター工房のギターは、これまでにも島村楽器各店に少数ながら入荷しており、
いずれも現在は SOLD となっている人気モデルです。
山あいの工房で一本ずつ丁寧に仕上げられたギターは、その鳴りと独特のルックスから高い評価を受け、入荷のたびに早い段階でオーナーが決まってきました。
R-c Gothic GS/MR

R-f.v. AES/IR

GD-C Adiron/Wenge

早瀬ギターの入荷について
現在、新たな早瀬ギター工房製モデルの入荷に向けて準備を進めている段階です。
実物が入荷しましたら、本連載『銘器探訪』のページにて、過去の入荷実績にも触れながら、
1本ずつ丁寧にご紹介してまいります。
早瀬ギター工房の作品にご興味をお持ちの皆さまには、お待たせして恐縮ですが、続報を楽しみにお待ちいただければ幸いです。
まとめ

しんとした工房の中で、木材の乾いた匂いと薪ストーブのはぜる音が静かに混ざり合う——。
早瀬ギター工房で過ごした時間は、そうした静かな風景そのものが、一本一本のギターの背景になっているのだと感じさせてくれました。
トップやブレーシングの設計についても、どこか一つの要素だけを極端に尖らせるのではなく、それぞれの材の個性に耳を傾けながら、全体として無理のないバランスを探っていく——
そんな「偏らない美しさ」への意識が、言葉の端々からうかがえました。
派手さや速さだけを追いかけるのではなく、「人にとって心地よい音色」と「楽器全体のたたずまい」を一緒に育てていく。
早瀬さんのギターは、弾く人の生活の中にそっと入り込み、長い時間をかけて良さが見えてくるタイプの一本だと思います。
もし店頭やイベントで早瀬ギター工房の楽器を見かけたら、そのギターがまとっている「雰囲気」まで味わってみてください。
スペック表には載らない、“誰かの真剣な時間の積み重ね”が、きっと伝わってくるはずです。
気になる点や「こういう音楽で使いたい」といったイメージがあれば、どうぞ遠慮なくスタッフにご相談ください。
みなさまの音楽に自然となじんでいく一本を、一緒に見つけていければと思います。
次回もまた、別の土地で、それぞれのやり方でギターと向き合っているルシアーを訪ねる予定です。
どんな人と、どんな一本に出会えるのか——どうぞ楽しみにお待ちください

ルシアーズセレクションについて
国内外のルシアーが手がけるワンオフ作品・少数製作モデルを集めた企画「ルシアーズセレクション(Luthier’s Selection)」を展開しています。
ルシアーズセレクション 展開店舗
最新情報や試奏のご希望はオンラインストア掲載ページまたは各店までお問い合わせください。
カタログモデルでは出会えない一本とじっくり向き合っていただけるよう、落ち着いて座って試奏できる環境でご来店をお待ちしております。
※店舗ごとに展示モデル・在庫状況は異なります。
銘器探訪の管理人

古川 惠亮プロフィール
京都府出身。大阪での歌い手としての活動を経て、「音楽の楽しさを届ける側になりたい」との思いから、2004年に島村楽器へ入社。
ギターへの深い愛情と幅広い知識を武器に、アコースティックギターの販売で10年連続トップセールスを達成。
現在はバイヤーとして、米国のMartin社での買い付けをはじめ、Furch、K.Yairi、Takamineなどのブランド、ならびに国内外のルシアーと共に、数々のカスタムモデルの企画・仕様策定・デザインを手がける。
プライベートでは3児の父として、家族との時間を大切にしている。
目下の悩みは、子どもとのゲーム対戦でなかなか勝てないこと。







