ギタセレをご覧の皆様こんにちは!
島村楽器 アコースティックギターバイヤーの古川(ふるかわ)です。
第2回となる今回は、日本が世界に誇るギターブランド「K.Yairi」 をテーマにお届けします。
長年にわたり日本のアコースティックギター文化を支えてきたK.Yairi。その根底にあるのは「木を生かし、時間を味方につける」クラフトマンシップです。
実際にヤイリギターがどのような工程を経て一本のギターとして生まれていくのか、“生命の誕生”の瞬間に迫りました。
ここからは一本のヤイリギターが完成するまでの全工程を、できる限り丁寧にご紹介します。
原木が音を宿すまでの長い時間、熟練の職人たちによる繊細な手仕事。その一つひとつに込められた想いを、ぜひ一緒に感じていただければ幸いです。

木との対話から始まる ― 自然乾燥 ―
ヤイリギターの財産――それは何といっても、膨大な数のギター材のストック。
スプルース、マホガニー、ローズウッドといった定番材から、コア、ハカランダといった希少材まで、世界各地から厳選されたトーンウッドが工房内で静かに眠っています。
その木々に最初に施されるのが“自然乾燥”。
最短でも3年、長いものでは10年以上もの歳月をかけて、自然の力だけでゆっくりと水分を抜いていくのです。
この時間こそが、ヤイリの音を育てる第一歩。
細胞が結晶化し、木の響きが深化することで、安定かつ美しい音色を生み出す土台が築かれます。
「木は育つように乾かす」――まさにそんな表現がぴったりの工程です。




次のステージ ― 人工乾燥 ―
長期の自然乾燥を経て、木材は次に人工乾燥機に入ります。
ここでは温度と風を細やかにコントロールしながら、含水率を10%以下に調整。
木の種類によって期間も異なり、指板は約1週間、表板や裏板のような薄い材は中3日ほど。
最初は風で優しく乾燥を促し、徐々に温度を50〜60度に上げて安定させていきます。
この「時間と熱の掛け算」が、後のギターの安定性とサウンドの芯を左右します。


木目が響きを描く ― ブックマッチ接合 ―
自然乾燥を終えた木材は、表板・裏板として生まれ変わります。
その板を本を開くように左右対称に接合する“ブックマッチ”。鏡のように映り合う木目が、ヤイリギター特有の美しさを生み出します。
この接合には、日本古来の「膠(にかわ)」を使用。
硬化後の強度と音の伝達性、そして“再接着が可能”という特性が、楽器には理想的なのです。
ただし扱いは繊細そのもの。温度管理やクランプ圧など、職人の経験がものをいいます。


音をデザインする ― ブレイシングとスキャロップ ―
弦の張力はおよそ75kg。その力を受け止め、サウンドへと変換するのが「ブレイシング」です。
強度を保ちつつも、軽やかで豊かな響きを実現するために、職人は木の状態や木目を見極めながら、スキャロップ加工で微妙な削りを加えます。
この削り具合こそが「そのギターにしかない鳴り」を決定づけます。



木を曲げる技 ― サイド材の成形とボディの誕生 ―
ベンディングマシンで、熱と湿気を加えながら慎重に曲げていくサイド材。熟練の手によって、ギター特有の滑らかな曲線が形作られていきます。
その後、ブロックやブレイシングと共に表板・裏板が膠でしっかりと接合され、一つの「ボディ」が姿を現します。
ここからが、まるで人間が魂を宿す瞬間のように感じられる工程です。






サイドのライニングを削りブレーシングとしっかりとかみ合うような溝を切り出していきます。
この工程はボディの共鳴を最大限に引き出すための重要なステップでもあります。
美しさと強さの融合 ― バインディングとネック仕込み ―
ボディの端を彩りながら守る「バインディング」。
湿度の影響から板の反りや割れを防ぐ大切な役割も果たしています。
さらにネックの角度を調整する「ダブテイル仕込み」。
ヤイリ独自の“エクステンド・ネック構造”は、長年安定したジョイントを生み出す秘密です。







握り心地を決める ― ネックシェイプの削り出し ―
ネックはソフトV、かまぼこ型、V型など、プレイヤーに合わせて形が異なります。
一本一本、職人が小刀とカンナでハンドシェイピング。
たとえ同じテンプレートでも、手で仕上げることで微妙な“人の温度”が加わります。
プロのミュージシャンがネック形状を指定してくるのも、この世界でただ一つの感触を求めてのことです。




塗装と磨き ― 木の呼吸を閉じ込める ―
細かなサンディングを重ねてから、はけによる目止めを施します。
中塗り、色付け、仕上げ塗りへと進む中で「木の呼吸」を残しつつも艶やかな表情を与えるよう繊細に塗り重ねていきます。
塗装を終えたギターは“ゆず肌”と呼ばれるわずかな凹凸を持ちます。
そこから始まる丹念な研磨とバフ掛け作業によって、鏡のような光沢が現れる瞬間――それは何度見ても息を呑む美しさです。






塗装前の大切な準備工程が「ボディサンディング」です。
この段階では、組み上げたボディ全体を細かい手順のサンドペーパーで丁寧に磨き上げ、表面の細かい凹凸や次の面の段差を整えます。サンディングの目的は、見た目の美しさだけではなく、塗装を均一にできるための下地を作ることです。
塗装の工程では、木の質感と響きを最大限に引き出すため、一つ一つの工程が丁寧に進められます。
ヤイリの塗装は見た目の仕上がりではなく、「音」と「美」のバランスを極める芸術。 そこには、木の声を静かに引き出す職人たちの感性が息づいています。
上塗り後の最終仕上げとなるのが「バフ掛け」です。
塗装を終えた表面には、わずかな“ゆず肌”と呼ばれる凹凸が残ります。これを丹念に磨き上げ、滑らかで深みのある光沢を与えるのがこの工程です。磨き終えたボディは、光を映し返すほどの輝きを放ち、木の奥行きと温もりが一層際立ちます。
音を育てる ― シーズニングルーム ―
実はヤイリギターには“胎教”の工程があるのをご存知でしょうか?
シーズニングルームでは、クラシック音楽を大音量で流しながら、完成したボディに“鳴り”を覚えさせていくのです。
「ギターは木の楽器。音を聞かせてあげると応える」――そんな信念がこの部屋には息づいています。


最終調整と検品 ― 一本のギターとして旅立つ ―
フレットを一本ずつ手で打ち込み、ナットやサドルを削り合わせ、弦高やオクターブを精密に調整。
全てが整った後に行われるサウンドチェックは、まさに最終試験です。
最後にクラフトマンが鏡面まで磨き上げ、ラベルと保証書を添え、出荷の時を迎えます。
一本のギターが誕生するまでに掛かる時間は、実に膨大。
しかしそのどの瞬間にも、一本一本を“作品”として送り出すヤイリの魂が宿っています。





バイヤー古川コメント
木に耳を傾け、時間と向き合う。
ヤイリギターの工房を訪れるたび、職人の皆さんが一人のアーティストとして木と対話していることを感じます。
「削る」「曲げる」「塗る」――そのすべてが“鳴り”への祈りのよう。
手にした瞬間、音があたたかく感じるのは、きっとその心が宿っているからでしょう。


探訪を終えて
一本のギターが生まれるまでの道のりを知ると、
何気なく弾いているその一音にも、職人たちの想いが宿っていることに気付かされます。
もし皆様がヤイリギターを手に取る機会がありましたら、
どうか少しだけ耳を澄ませてみてください。
――静かに、木の語りかける声が聞こえてくるはずです。

次回は、ヤイリギターの“カスタムオーダーが生まれる舞台裏”を徹底取材!お楽しみに!
当社で在庫しているK.Yairiは下のボタンからご確認いただけます。記事を読んでいただいて興味をもたれた方はぜひチェックしてみてください!
銘器探訪の管理人

古川 惠亮プロフィール
京都府出身。大阪での歌い手としての活動を経て、「音楽の楽しさを届ける側になりたい」との思いから、2004年に島村楽器へ入社。
ギターへの深い愛情と幅広い知識を武器に、アコースティックギターの販売で10年連続トップセールスを達成。
現在はバイヤーとして、米国のMartin社での買い付けをはじめ、Furch、K.Yairi、Takamineなどのブランド、ならびに国内外のルシアーと共に、数々のカスタムモデルの企画・仕様策定・デザインを手がける。
プライベートでは3児の父として、家族との時間を大切にしている。
目下の悩みは、子どもとのゲーム対戦でなかなか勝てないこと。







