皆様こんにちは。島村楽器別室 野原のギター部屋管理人の野原です。
2025年10月11日(土)〜 10月12日(日)に開催しましたギタラバTOKYO2025で先行展示し、多くのお客様にご覧頂きました1959 Les Paul Standard Reissue Murphy Aged Proto #01。今回は滅多に市場に出ることのない貴重な1959レスポール・リイシューのプロトタイプをご紹介したいと思います。
Tom Murphy

ヒストリック・レス・ポールの初代ペインター(フィニッシュ担当)であり、エイジングのパイオニアとして著名なトム・マーフィー氏(1994年の暮れに退職、2020年再入社)。日本では主にエイジングの技術で語られることの多いマーフィー氏ですが、ギブソンにとってどれだけ大きな功績を残した人物なのか、改めていくつか挙げてみたと思います。
■1991年エドウィン・ウィルソン氏とともにギブソンUSAファクトリー内にカスタム・オーダーを受け付ける部門を開設
■ヒストリック・プログラムと呼ばれるプロジェクトでマーフィー氏が陣頭指揮を執った新生1959レスポール・リイシューが1993年1月のNAMMでお披露目され、大きな話題と高い評価を得る
■1993年12月、独立したファクトリーとしてカスタムショップが設立され、中枢メンバーとして招集される
※マーフィー氏、ウィルソン氏を含む7名程の選りすぐりの人材が集められる
■1999年、ギブソンから初となるエイジンド・モデル40th Anniversary 1959 Les Paul Reissue Agedを発売
■2019年12月、ギブソン・カスタムショップ内にMurphy Lab(マーフィー・ラボ)を設立することを発表
今日のカスタムショップやヴィンテージ・リイシューを語る上でいかにマーフィー氏が重要な人物であるか、何となくお分かりいただけましたでしょうか。

1994年の暮れにギブソンを退職したマーフィー氏は、リペアとレストアに専念するためにGuitar Preservation(ギター・プリザベーション)という工房を立ち上げました。既にギブソン社での彼の仕事を知る顧客からの依頼(主に塗装などのレストア)がたくさん来たそうです。
エイジングはヴィンテージ・ギターのレストアで新たに部分塗装した箇所の不自然さを解消するために行ったテクニックとして生まれましたが、やがて「新しいギター全体にエイジングできないか」と顧客から相談を持ち掛けられるようになります。
マーフィー氏は実験的に自身が所有する1959レスポール・リイシューをリフィニッシュし、ギター全体をエイジングしたモデルを製作。そのモデルを1997年10月に開催されたアーリントンのギターショーに展示したところディーラーやカスタマーから依頼が殺到したため、翌年の1998年からギター・プリザベーションはリイシューのリフィニッシュとエイジングのみを請け負う工房になります。
※当時は既にフェンダーがレリック仕様のモデルを販売していましたので、ギブソンに対してもエイジングギターを求める声が高まっていました。
※フェンダーはVince Cunetto(ヴィンス・カネット)氏にエイジングを依頼し、1995年のNAMMでプロトタイプをお披露目
そしてギブソンがマーフィー氏に打診し、1999年に40th 1959レスポール・リイシュー・エイジドが発売されました。
Gibson Custom Shop 1959 Les Paul Standard Reissue Murphy Aged Proto #01

本機は熟練の職人が従事するギブソンの最高峰、カスタムショップが1959年当時のレスポール・スタンダードを忠実に再現したモデル(リイシュー)で、製作されたのは2018年になります。
現存する1959年製レスポール・スタンダードの多くは経年変化による塗装の割れ(ウェザーチェック)や使用による傷などによってヴィンテージ特有の存在感を放っていますが、トム・マーフィー氏本人の手によりその様子(ウェザーチェックや傷、使用感)が緻密に再現されています。

通常1959レスポール・リイシューのヘッドストック裏にはオリジナル同様9から始まるシリアルNo.がスタンプされていますが、本機には「PROTO 01」とトップコートの上から手書きされています。
ギブソンで製作されるプロトタイプは主に新製品開発用のサンプルやシグネチャー・アーティストの試作機となりますので、基本的に市場に流通することはございません。
ギブソンUSAのプロトタイプは稀に現地ファクトリーの買い付けで出てくることもありますが、1959レスポール・スタンダード・リイシューのプロトタイプは圧倒的に希少な印象で、私も過去に一度だけしか出会えていません。ましてや今回の個体はマーフィー・エイジドのプロトタイプ、鳥肌が立ってしまうような代物です。

このマーフィー・エイジド・プロト#01をご紹介するにあたり、もう一人触れなければならない重要な人物がいます。
『Jimmy Personal, Not For Sale, Proto1』
この1959レスポール・スタンダード・リイシューはジミー・ウォレス氏がパーソナル・コレクションとして保有していたものになります。
ウォレス氏は1970年頃から活躍するギタリスト、ヴィンテージ・ギターのコレクター、トレーダー、世界で最も歴史があり最大級のギターショーである”Dallas International Guitar Festival”の主催者として有名な人物です。「Gibson Jimmy Wallace Les Paulのジミー・ウォレス」としてご存じの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
※Gibson Jimmy Wallace Les Paul:1970年代当時の現行品は多くのギタリストが望む1950年代の仕様からかけ離れていたため、ウォレス氏自身が所有する1959年製のレスポールとES-335を持ってギブソン社を訪れ、それらを基にしたモデルの製造を依頼。Gibson Jimmy Wallace Les Paulとして発売される
1959年製のレスポール・スタンダード(バースト)や生産本数100本にも満たないコリーナのフライングVやエクスプローラーなどギタリスト垂涎の品々を所有し、トレードしてきた実績を持つウォレス氏。そんな彼が「パーソナル・コレクション」として手放さずに保有していたという事実だけで、この1959レスポール・リイシューの特別な存在価値を伺い知ることができます。

このMurphy Aged Protoがどのような意図で製作されたかは伺っていませんが、以前扱った1959レスポール・スタンダード・リイシューのプロトタイプはその年のリイシューの見本(サンプル)として製作されたものでしたので、恐らく同じようなものだと思います。
製品として流通していたマーフィー・エイジドも素敵なものばかりですが、プロトタイプともなるとウェザーチェックの入り方(パターン)や傷のつけ方など、より緻密に狙って施している印象を受けます。先入観もあるかもしれませんが、気合いの入り方や集中力も相当なものだったのではないかと思わせる仕上がりです。

既にご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、マーフィー・エイジドのウェザーチェックは刃物を用いて一本一本書くように入れられます。他社では温度変化を利用してウェザーチェックを発生させたりもしますが、マーフィー氏曰くウェザーチェックの入り方をコントロールするのが難しいため刃物で入れているそうです。
つまりマーフィー氏の頭の中には「もしこの1959レスポール・リイシューがオリジナルの1959年製であれば、このようにウェザーチェックが入る」という明確なイメージが存在しており、それを正確に具現化し、理想の姿に仕上げたのがマーフィー・エイジドということになります。使用に伴ってできたであろう傷や打痕の再現もしかりです。

ヘッドストック・エッジ部の傷のつき方、割れた塗装の断面もとても雰囲気があります。個人的に好きな加減です。

前述の通り「PROTO 01」の文字は塗装の上から油性ペンで書かれています。「Artist Proof #〇〇」(アーティスト・モデル)や「CC Aging Proto #〇〇」(コレクターズ・チョイス)などの文字もそうですが、手書きの文字が入るだけで一気に存在感が増します。


指板のバインディングの厚みがかなり薄く見えます。これはヴィンテージ・ギターの滑らかな握り心地を再現するために指板サイドからエッジにかけて丸められているためです。ロールド・バインディングが施されたマーフィー・ラボの握り心地が近いですが、もう少しエッジ部が丸められているように感じます。

サイドポジション・マーカーは2018年のリイシューに準じたべっ甲柄。薄いバインディングと相まってオリジナルのバーストのような雰囲気です。

上手く撮影ができませんでしたが、ネックのグリップ部にもウェザーチェックが満遍なく入っています。握り心地を気にされる方もいらっしゃるかもしれませんが、極端な凹凸ではありませんので然程気にならないと思います。

再現されたバックルによる傷はボディ中央より6弦側に入れられています。これは比較的ギターを低く構えて弾いた際にできる傷の位置ですので、主に1970年代以降のロックシーンでの使用を想定しているのではないでしょうか。露出したマホガニーは地の色に近く、ステインなどによる着色の演出はほとんどしていない印象です。

トグルスイッチ周辺の様子。ボディの隅々までしっかりと杢が入っています。杢の表情も適度な唸りと淡さを持ったリアルなもので、マーフィー氏のプロトタイプに相応しいものが選ばれています。

プラスティックパーツには特筆すべき傷や変色などの加工は施していませんが、ヒストリック初期のものに比べて素材の色味自体がオリジナルに近いため、エイジングされた塗装部、ハードウェア(金属パーツ)ともバランスが取れています。僅かではありますがピックアップ・マウントリング(エスカッション)とピックガードの色の差が素敵です。

ピックアップはカスタムバッカー(アルニコⅢ)を搭載。1950年代のピックアップ”Patent Applied For humbucker(P.A.F.)”を復刻したものです。それまでも’57クラシックやバーストバッカーなどP.A.F.を復刻したモデルがリイシューに搭載されていましたが、スラッグ側とアジャスト側の巻き数の差はバーストバッカーよりも大きく、またマグネットもアルニコⅡからⅢへと変更されたため、よりレンジの広い粒立ちの良いサウンドに聞こえます。

年代に準じたブラス製サドルのABR-1ブリッジとアルミ製のストップバー・テールピース。ニッケルメッキは経年変化で曇り、やがて錆びが生じますが、どの程度のエイジング具合で再現するかも製作者のセンスと技術になります。演出しすぎると不自然さが出てしまうものですが、本機のハードウェアは行き過ぎない自然な仕上がりで本体に良く馴染んでいるように見えます。
ヴィンテージのウェザーチェックはスタッド・アンカーやブリッジの支柱、Vol / Toneコントロールなどから広がるようなパターンで入ることがありますが、その様子がしっかりと再現されています。アンカーや支柱を起点に杢の流れに沿って塗装が割れる様など、マーフィー氏のバーストに対する解像度の高さが伺えます。


現在では刃物を用いてウェザーチェックを描く技法を様々な職人(ブランドや工房)が行っておりますが、やはりマーフィー氏のものを見ると「そうそう、こういう感じ」と頷くポイントが多いことに気付きます。歴史的な美術品や絵画を修復する職人のように、ヴィンテージを研究、レストアしてきたマーフィー氏だからこそ描けるウェザーチェックだと思います。


ブリッジ側ピックアップの左上、ピッキングでついたであろう細かい傷の再現と複雑なウェザーチェックのコントラストが美しいです。再びボディ全体を眺めましょう。


撮影用の照明を使用していますので画像は強めに杢が出ている状態となります。一般的な室内環境でスタンドに立てかけて眺めますと杢の出方がやや弱くなるのですが、その様子もまた渋みがあって素敵です。
※The Beauty of the ‘Burstの正面写真と’BURST VIEWでの杢の見え方(出方)の違いをイメージして頂ければと思います
改めてご説明差し上げるまでもないかもしれませんが、付属のハードケースも1959年当時のものを再現しています。こちらのリイシューのケースにはハンドルの擦れ、金具の錆など、本体と同様エイジングが施されおり、レザー部分には艶がございます。


サーティフィケイト(認定書、証明書)、ハングタグ、チェックリスト(PRE/FINAL PACK CHECKLIST)にも「PROTO 01」及び「PROTO #1」と記載されています。筆跡を見る限りハングタグの「PROTO 01」の下にある「TM」のイニシャルはマーフィー氏の直筆ではないでしょうか。

チェックリストのModel No.欄には「TH59 T.M. Aged」と記載があります。サーティフィケイトに記載が無かったため商品名には記載していませんが、TH59という書き方はTrue Historic(トゥルー・ヒストリック)シリーズの1959レスポール・スタンダード・リイシューに適用されるものです。
トゥルー・ヒストリックは2015~2017年の間に生産されたシリーズで、エドウィン・ウィルソン氏をプロジェクトリーダーとし、これまで生産効率やコストの事情で成しえなかった部分にまで着手したリイシューになります。生産本数はそれまでのヒストリック・コレクションの約30%未満と言われており、その質の高さゆえ現在でもトゥルー・ヒストリックをベストに挙げるファンも少なくありません。
前述の通りトゥルー・ヒストリックは2017年のオーダーで生産が終了していますが、チェックリストの日付けが2018年3月2日と早いため年を跨いで出荷された可能性も考えられます。恐らく製作の基になるスペックシートがトゥルー・ヒストリックだったため、最終確認をする担当の方がチェックリストに「TH59 T.M. Aged」と記載したのだと思います。

「Jimmy Personal, Not For Sale, Proto1」の文字が書かれた青いマスキングテープ。私だったらハサミで切っていたであろうテープの両端が手で切られています。この豪快さがとても良い味を出しています。

もしも既に1958~1960年に作られたサンバーストのレスポール(バースト)を所有されているコレクターの方に「一番コレクタブルなレスポール・リイシューを紹介して」と言われたら、何をご紹介するだろう。
2003年と2019年に発売されたブラジリアン・ローズウッド指板の1959レスポール・リイシュー、特定の好きなアーティストのシグネチャー・モデルがあれば直筆サイン&ナンバーのもの、いずれもコレクタブルで素敵なものですが、やはり今回のプロトタイプを一番にオススメするかもしれません。
①現在では行っていないトム・マーフィー氏本人によるエイジング
②販売用ではないプロトタイプ
③錚々たるヴィンテージを所有してきたジミーウォレス氏のパーソナルコレクション
サーティフィケイトに記載が無いためトゥルー・ヒストリックの可能性があることは除外しましたが、これ以上の条件のリイシューはなかなか無いと思います。一般的なリイシューよりもお値段はしますが、「日本のファンのために」とウォレス氏にお願いしたところ、最初の提示金額からディスカウントしてくださいましたので、この機会にぜひご利用ください。
今回の記事に登場しましたGibson 1959 Les Paul Standard Reissue Murphy Aged Proto #01は私の勤務する新宿PePe店に展示しております。ご質問など含め、お気軽に野原までお問い合わせください。また、商品の詳細につきましては、この下にご用意させて頂きました商品ページをご覧ください。それでは今回はこの辺で。











